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スポーツジャーナリスト生島淳さんの
取材後記 アスリートのメンテ力〈第3回〉

取材・文/生島淳  撮影/富貴塚 悠太

パラトライアスロン
土田和歌子選手の取材を終えて、
生島さんならではの
感想を伺ってみました。
〈第3回〉

取材に熱が入り、思わずスイムのポーズを!


 出産、育児を経て競技者に復帰するためには、いくつかの決断を下さなければなりません。これは、アスリートに限らず、社会で働く人たちも一緒でしょう。
 土田さんは、出産してから7か月後に練習に戻ります。それだけ、2008年に行われる北京パラリンピックへの思いが強かったのでしょう。
 私が土田さんの話から感じたのは、「情熱は環境を作る」ということです。
 土田さんが望めば、より息子さんと向き合う時間を取ることも出来たでしょう。しかし、競技への情熱を伝えることで、家族や周囲に影響を与え、その結果として理解を得たのではないかと想像するのです。
 その情熱は、どこから来るのでしょう?
「北京パラリンピックでは、前を走っている選手のクラッシュに巻き込まれて、肋骨を骨折してしまって。4年後のロンドン大会では転倒して5位。不完全燃焼のレースばかりで、自分としては大舞台で満足のいくレースをしてみたくて」
 悔しさが情熱の源泉だったのです。
 そうした情熱が、自らの手で、一からトレーニングルームを作ることにつながり、そしてトライアスロンの挑戦へとつながっていったのでしょう。
 東京パラリンピックまで、およそ1年。
 これからトレーニングは正念場を迎えますが、土田さんは子育てにも自然体で向き合おうとしているようです。
「息子の成長に合わせて、向き合い方も変わっていくでしょう。必要とされるときに、力になれればと思います。東京2020に向けては、息子はパラスポーツに子どものころから親しんできましたから、自分が見てきたことを友だちに伝えてくれたらいいな、と思っています」
 2020年は土田家にとって、大切な1年になりそうです。



土田さんの好きな言葉は「逆境に耐えて咲く花こそ美しい」。
苦労を前向きに捉えるポジティブ・シンキング。取材で土田選手の言
葉を聞き、こちらまで元気になってしまったのでした。


from c.c.cafe

どうして生島さん?

この連載はスポーツジャーナリストの生島淳さんにお願いしています。スポーツ関連のTV番組や雑誌で活躍する人気ジャーナリストだけに、スポーツファンならご存知の方も多いはず。
そんな生島さんですら、スポーツそのものに焦点を当てない取材は、あまりないとのこと。
記事の中には、生島さんならではの過去の取材経験談も登場するようなので、その点もお楽しみに。

生島 淳さん

いくしま じゅん

1967年宮城県生まれ、早大卒。五輪は1996年のアトランタ大会から取材。著書に「箱根駅伝ナイン・ストーリーズ」、「エディー・ジョーンズとの対話」など。